1記念屋舎
校舎ファサードの一部を、あづま屋として残したもの。屋根形状などは変えているが、特徴的な柱は当時のまま残っている。(左)
昭和24年山梨工業専門学校から山梨大学工学部へ昇格した当時の様子。本館・講堂の正面にある車寄せが現在のあづま屋である。(右)
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校舎ファサードの一部を、あづま屋として残したもの。屋根形状などは変えているが、特徴的な柱は当時のまま残っている。(左)
昭和24年山梨工業専門学校から山梨大学工学部へ昇格した当時の様子。本館・講堂の正面にある車寄せが現在のあづま屋である。(右)
大正15年、山梨高等工業学校に移籍。以降昭和末期に至るまで、同校唯一の外国人講師であった。

本学の淵源となる寛政8年(1796年)に創設された教育機関「徽典館」が、天保14年(1844年)に新築移転したことを記念して建立されたものである。

平成1年建立。動に入る前の静のポーズを意味している。

明治45年6月山梨県師範学校に奉職し、大正8年9月以降校長として永く在職された。

昭和2年に百瀬康吉氏らにより水晶などの保存展示する標本室として建設された。RC造で柱を六角柱に見立てている。(左)
山梨大学の卒業生。2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞。山梨大学特別栄誉博士の称号を授与された。(右)